秋刀魚の味
映画『秋刀魚の味』
昭和37年の映画で、観ればみるほど味が出てくる作品です。
小津安二郎監督作品なので有名すぎる映画だと思います。
ちなみに2022年の世界の主要な映画監督の投票による「Directors’ 100 Greatest Films of All Time(監督による史上最高の映画100選)」で、
日本映画では4位に小津安二郎監督作品の「東京物語」、14位に黒澤明監督作品の「七人の侍」などがランクインしています。
えさて、
タイトルは秋刀魚の味ですが、秋刀魚は出てきませんし、料理よりも酒を飲むシーンがよく出てきます。
冷えたトマトを近所に借りに行くシーンや全体的に昭和を感じるのが大好きです。
えさてさて、
妻に先立たれた平山周平(笠智衆)は、長女と次男と3人で暮らしていました。
母親が居ないため、長女の路子(岩下志麻)が仕事をしながら家事をしていました。
平山周平は家のことをなんだかんだとしてくれる長女(24歳)をまだ嫁にだす事を考えていませんでした。
しかし、元恩師の佐久間(東野英治郎)とクラス会で再会し、年老いた先生が娘とわびしく二人で暮らしている事を知る。
先生の娘はすでに婚期を逃してしまった。
ヒョータンの娘が自身の気持ちで婚期を逃したのではなく、ヒョータンの勝手なわがままで娘を嫁に出さなかった。
平山周平は友達の河合(中村伸郎)から、お前も長女の路子ちゃんを早く嫁に出した方がいいと勧められる。
「でないと、お前もヒョータンみたいになるぞ」と言われる。
(※ヒョータンは元恩師、佐久間先生のあだ名)
「あの娘(ヒョータンの娘)だってどっか変だぜ」
「(ヒョータンの娘は)なんとなくギスギスしててさ 冷たくてさ」
「あれじゃヒョータンも寂しいよ」
(娘は自分を嫁に出してくれなかったヒョータンに対する態度が出ているのだと思います)
「お前だって(ヒョータンみたいに)なるぜ」
「いやァ おれァならんよ」
「イヤ なる 路子ちゃん早く嫁にやれよ」
しかし平山周平はまだ嫁に出すことは考えていないと言う。が、少しは嫁に出すことを考え始めたのかもしれません。
周平と河合はまた先生と飲む機会がありました。
そこで先生が酔っ払って、何気につぶやいた言葉、
「陽のあるうちに秣は乾せか・・・思う勿れ身外無窮の事 ただ尽せ生前一杯の酒か・・・」
(簡単に要約すると、何事もやるべきタイミングが大事。自分に関係の無い果てしない事で悩むな。今、自分の目の前のやるべき事をやればよい」みたいな感じなのでしょうか?)
それから、平山周平は娘の路子を嫁に出すことを真剣に考え始めます。
そこで平山周平は、娘の路子に好きな人がいるのか、それとなく尋ねてみます。
ハッキリとは言わないけど、路子は三浦という人が好きだと平山周平は感じ取りました。
三浦とは平山周平の長男と同じ会社で働いている人です。
それで平山周平は動き出します。
「そうなんだよ 和夫(次男)の話だとね 三浦って人を好きらしいんだよ」
「あいつはいい奴ですよ あいつだったら賛成だな」
「そうかい じゃあお前 ひとつその三浦君にそれとなく聞いてみてくれないかな」
「そりゃァやっぱり好きな人と一緒にさせてやった方がいいからね」
ここからもさらに物語は面白く展開して最後は・・・・。
物語の説明はこのあたりでやめておきます。
えさてさてさて、
長男の幸一(佐田啓二)の嫁さん秋子( 岡田茉莉子)はとっても言動がとっても可愛いキャラです。
数年前にコントで「だめよーダメダメ」というセリフがありましたが、
昭和37年に、
この映画のシーン。
これがまた素敵な言い方するの。
「駄目駄目 駄目よ」
「月賦だって駄目よ 駄目駄目」
またこの嫁さんの言動が可愛いのです。
ぷんぷんしたりするけど、愛情がある感じです。
学生時代の同級生である平山周平(笠智衆)と河合秀三(中村伸郎)と堀江晋(北竜二)の会話はユーモアがあります。
ブラックジョークなども言い合える仲で、聞いていて仲の良い感じが伝わります。
平山周平という一人の男の気持ち。これで良いのだと自分に言い聞かせながらも、これからの寂しさを迎える思いを最後のシーンに感じました。
戦争を経験し、妻には先立たれ、娘を嫁がせる。
とても素敵な作品です。
※ちなみに、先生の言った台詞の、
「陽のあるうちに秣は乾せか・・・思う勿れ身外無窮の事 ただ尽せ生前一杯の酒か・・・」
の、「身外無窮の~」は字幕では「身体無窮」となっていますが、おそらく「身外無窮」の事だと思います。
長くなりましたが、最後に。
今の時代でだけの価値観でこの映画を観ると、「自分の娘の結婚を親が決めるとか有り得ない」とか言われるかもしれませんが、その当時(昭和37年)の世間での話でして、
あと100年後には、今の当たり前の常識が当たり前ではなくなっているどころか、非常識になっているのかもしれません。
明日は今日を超えた状況を繰り返すことで、今の時代があるのだと思います。
そしこんはなしでした。